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本書はほんの好奇心で手に取った。自分はライトなミリタリーオタク。自衛隊のことには多分他人より興味がある。しかし読み進めると、期せずして女性のキャリアについて考えさせられた。それは、世間一般からするとキャリア志向の妻を持ち、また娘を持つ自分の属性ゆえ、普段から気にしているテーマだ。
さて、自衛隊とは言うまでもなく特殊な組織である。その特殊性ゆえ、現代日本においてある種の究極的なキャリア形成環境が存在すると言ってもいいのではないかと思う。
最初に考えうる一大要素は職務の特殊性だ。「24時間、戦えますか」とはかつてモーレツ企業戦士が当たり前だった時代の流行語だが、働き方改革が推進される現代においてもなお、自衛隊は文字通り「24時間戦う」ことを求められる組織であり、時には命をも賭す必要のある職務がある。それはこれから世の中で働き方改革がどれだけ進んでもその本質は変わることはないだろう。この職務上の特性によって、プライベートや家庭を顧みることが難しいことは想像に難くない。さらに幹部自衛官であればそうした職務上の特性に加えて、全国規模の高頻度の転勤という要素も加わる。キャリアと家庭との両立が究極的に難しい環境であると言えるだろう。他に考えうる特殊な要素は、出世が明確に可視化される組織であるということだ。階級制度によって、個々人の出世の度合いが誰からも見て取れる。また昇任時期などにより出世のスピードも比較することができるだろう。つまり出世というキャリア形成の一つの重要な尺度が、自他ともに分かってしまうのだ。
本書にはそんなある種究極的な環境である自衛隊において出世の先頭を行く防衛大学校卒女性幹部自衛官たちが歩んできた道が記されている。それを見ると、現代日本でキャリア志向の女性の置かれた状況への解像度が上がった気がする。
まず、防大が女子学生を受け入れ始めた初期に入隊した第一世代の方々には敬服しかない。前例のないところからキャリアを築いた今に至るまでの困難を認識するのは大事だ。この世代の奮闘で開けた道が何本もあるだろう。妻から聞く女性の上司の話と被る。しかし、より自分に近い世代の方(同世代の方も取り上げられている)の話はより共感を呼ぶ。整備されてきた育休などの各種制度、使える雰囲気も普通にある、でもまだ組織(社会)全体として受け入れきれてない感じ。キャリア志向の女性が家庭を持つことを考える時、結局は今までの男性のように家庭を顧みず働くか、家庭的な母親としての役割を過度に押し付けられてマミートラックに乗るかしかないんじゃないかという感覚。未だに「両立」という選択肢がないように思わされてしまう。海外駐在の間に出産し育休数ヵ月で復帰した妻も同じ景色を見てるかもしれない。そんなことを考えた。
そして、そんな中でまだその段階にすら至っていない世界もある。
女性初の戦闘機パイロットが誕生したのは2018年のこと。その女性初戦闘機パイロットの候補として最後まで残った女性が紹介されている。その方は最終的に戦闘機の道は選ばずに大型機パイロットの道を選んだ。詳細は本書を手に取って確認していただきたいが、本書で記述されているその背景にあると思われる事情はまさにキャリアと家庭の究極の二者択一のようだった。その養成にかかるコストとパイロットとしての現役期間の短さという特殊性から、種々の制限があることはしょうがないことだ、というのはもっともらしい話だ。しかし、自衛隊の戦闘機パイロットですら産休育休が取れる社会は、きっと今より働きやすい社会なのではないかとそんなことを考えてしまう。
2023年末、自衛隊で初めて女性が海将に昇任するというニュースがあった。その方は一般大卒の幹部で、女性の防大出身者がまだいない世代。ということは、これから将に上がる女性幹部自衛官は次々に出てくるだろう。まだまだ課題は山積しているだろうが、一般論として「女性だから出世できない」ということは既に自衛隊にはなさそうだ。未だに生え抜きの女性役員のいない会社はごまんとある。ゴリゴリの男社会のイメージ、「24時間戦う」必要のある組織、そんな自衛隊ですら女性は出世できるのである。他の組織でできないということはあるだろうか?
自衛隊が変われば日本社会も変わる、本書を読んでそんな期待も抱いたのだった。
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